当時、全国でキリシタン迫害の嵐が吹き荒れる中、信仰を貫いた天草のキリシタンたち。隠れて祈り続けた信者たちの息吹を感じながらキリシタンゆかりの地を訪ねてみよう。ちなみに天草四郎、本名は益田四郎といい元和7年1621年キリシタン大名小西行長の家臣だった父をはじめ、キリシタン一家に生まれる。
15〜6歳の時に「天草・島原の乱」の一揆軍を率いた16世紀、織田信長の庇護により、キリスト教が全国に広まり天草島でもルイス・デ・アルメイダにより崎津地域を中心に布教していったのです。順調に信者も増えたと同時に勢力も大きくなったため、その後弾圧される。
重い年貢の問題の影響もあり、天草四郎率いる天草島原の乱が勃発!幾多の弾圧にも負けず信者たちは信仰を続けた(隠れキリシタン)昭和に入るとガルニエ神父が大江天主堂などを建てるなどした。フランス人宣教師のガルニエ神父を尋ねて与謝野鉄幹氏が尋ねたりし、後に紀行文「五足の靴」が著された。天草は旅人の心を揺さぶる歴史が息づいている。
地理的には、上島・下島や大小120余りの島々からなり、昭和31年国立公園に指定されています。昭和41年には5つの橋(天草五橋)によって九州本土と結ばれ発展を遂げてきました。この島は世界でも類を見ない過酷な宗教弾圧を経験し、それに抗う(あらが)う農民が蜂起した「天草・島原の乱」など歴史の舞台に出てくます。
島内のスポットとして上島のサンタマリア館、下島の天草市立本土歴史民族資料館、天草ロザリオ館、天草コレジョ館などがあり、布教の一番最初の地に建てられた崎津天主堂は昭和9年に建設され高い天井のアーチが素晴らしいと評判の建物です。また天草は全国有数の陶石の産地で、国内の約80%2万トンを生産し国内の各焼き物産地に送られています。
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